镜花水月的感情、幻の如く,定めを壊すほど真に强きこと。是什么意思

琥珀の月が浮かぶ水面を駆け抜ける風

紅椿を落とし行きました

波紋は広がりつつ消えてゆくその姿

まるで叶わぬ恋のようです

出会いと別れをこの人生で繰り返し

愛に苼きて愛に恨み溺れゆく

誰かに愚かだと笑われたとしても

愛に生きて愛に死ねたなら

浮き世はまるで鏡花水月

泡沫の夢を見るのでしょう

琥珀の月をかすめ水面をそっとなめるように

落ち椿は流れ行きました

逆らうすべも知らず身を任すその姿は

まるで定めの愛のようです

出会いと別れをこの人生で繰り返し

愛に生きて愛に死ねたなら

現と夢幻を知るのでしょう 何处真实何处是梦幻

出会いと別れをこの人苼で繰り返し

愛に生きて愛に恨み溺れゆく

誰かに愚かだと笑われたとしても

愛に生きて愛に死ねたなら

浮き世はまるで鏡花水月

泡沫の夢を見るのでしょう

泡沫の夢を見るのでしょう

琥珀色月光浮动 风吹散水面 吹落红山茶随水而流 波纹一圈圈荡漾随即消散之姿 宛如无法实現的爱恋

相逢与别离不断重演的人生 因爱而生 又因爱沉溺怨恨 被谁嘲笑愚钝也好 纵因爱而生 因爱而亡

浮世如同镜花水月的感情 每每触及 但見泡沫般幻梦一场

落花掠过琥珀之月 悄然轻抚水面而流 不知违抗命运之术 任由此身飘零之姿 宛如宿命中的爱情

相逢与别离不断重演的人生 縱因爱而生 因爱而亡 泪水洇湿下的镜花水月的感情 不经意间 已将现实与梦幻分辨

相逢与别离不断重演的人生 因爱而生 又因爱沉溺怨恨 被谁嘲笑愚钝也好 纵因爱而生 因爱而亡

浮世如同镜花水月的感情 每每触及 但见泡沫般幻梦一场 但见泡沫般幻梦一场

}

琥珀の月が浮かぶ水面を駆け抜ける風

紅椿を落とし行きました

波紋は広がりつつ消えてゆくその姿

まるで叶わぬ恋のようです

出会いと別れをこの人生で繰り返し

愛に苼きて愛に恨み溺れゆく

誰かに愚かだと笑われたとしても

愛に生きて愛に死ねたなら

浮き世はまるで鏡花水月

泡沫の夢を見るのでしょう

琥珀の月をかすめ水面をそっとなめるように

落ち椿は流れ行きました

逆らうすべも知らず身を任すその姿は

まるで定めの愛のようです

出会いと別れをこの人生で繰り返し

愛に生きて愛に死ねたなら

現と夢幻を知るのでしょう 何处真实何处是梦幻

出会いと別れをこの人苼で繰り返し

愛に生きて愛に恨み溺れゆく

誰かに愚かだと笑われたとしても

愛に生きて愛に死ねたなら

浮き世はまるで鏡花水月

泡沫の夢を見るのでしょう

泡沫の夢を見るのでしょう

琥珀色月光浮动 风吹散水面 吹落红山茶随水而流 波纹一圈圈荡漾随即消散之姿 宛如无法实現的爱恋

相逢与别离不断重演的人生 因爱而生 又因爱沉溺怨恨 被谁嘲笑愚钝也好 纵因爱而生 因爱而亡

浮世如同镜花水月的感情 每每触及 但見泡沫般幻梦一场

落花掠过琥珀之月 悄然轻抚水面而流 不知违抗命运之术 任由此身飘零之姿 宛如宿命中的爱情

相逢与别离不断重演的人生 縱因爱而生 因爱而亡 泪水洇湿下的镜花水月的感情 不经意间 已将现实与梦幻分辨

相逢与别离不断重演的人生 因爱而生 又因爱沉溺怨恨 被谁嘲笑愚钝也好 纵因爱而生 因爱而亡

浮世如同镜花水月的感情 每每触及 但见泡沫般幻梦一场 但见泡沫般幻梦一场

}

「私は思い切って自分の心をKに打ち明けようとしましたもっともこれはその時に始まった訳でもなかったのです。旅に出ない前から、私にはそうした腹ができていたのですけれども、打ち明ける機会をつらまえる事も、その機会を作り出す事も、私の

くゆかなかったのです今から思うと、その頃私の周囲にいた人間はみんな妙でした。女に関して立ち入った話などをするものは一人もありませんでした中には話す

いたでしょうが、たといもっていても黙っているのが普通のようでした。比較的自由な空気を呼吸している今のあなたがたから見たら、定めし変に思われるでしょうそれが

なのか、または一種のはにかみなのか、判断はあなたの理解に任せておきます。

 Kと私は何でも話し合える中でした

には愛とか恋とかいう問題も、口に

らないではありませんでしたが、いつでも抽象的な理論に落ちてしまうだけでした。それも

には話題にならなかったのです大抵は書物の話と学問の話と、未来の事業と、抱負と、修養の話ぐらいで持ち切っていたのです。いくら親しくってもこう堅くなった日には、突然調子を

せるものではありません二人はただ堅いなりに親しくなるだけです。私はお嬢さんの事をKに打ち明けようと思い立ってから、

歯がゆい不快に悩まされたか知れません私はKの頭のどこか一カ所を突き破って、そこから柔らかい空気を吹き込んでやりたい気がしました。

笑止千万しょうしせんばん

な事もその時の私には実際大困難だったのです私は旅先でも

でした。私は始終機会を捕える気でKを観察していながら、変に高踏的な彼の態度をどうする事もできなかったのです私にいわせると、彼の心臓の周囲は黒い

く塗り固められたのも同然でした。私の

ぎ懸けようとする血潮は、一滴もその惢臓の中へは入らないで、

き返されてしまうのです

る時はあまりKの様子が強くて高いので、私はかえって安心した事もあります。そうして自分の疑いを腹の中で後悔すると共に、同じ腹の中で、Kに

びました詫びながら自分が非常に下等な人間のように見えて、ゑに

な心持になるのです。しかし

すると、以前の疑いがまた逆戻りをして、強く打ち返して来ますすべてが疑いから割り出されるのですから、すべてが私には不利益でした。

もKの方が女に好かれるように見えました性質も私のようにこせこせしていないところが、異性には気に入るだろうと思われました。どこか

が抜けていて、それでどこかに

かりした男らしいところのある点も、私よりは優勢に見えました

になれば専門こそ違いますが、私は無論Kの敵でないと自覚していました。――すべて向うの

いところだけがこう一度に

へ散らつき出すと、ちょっと安心した私はすぐ元の不安に立ち返るのです

 Kは落ち付かない私の様子を見て、

ならひとまず東京へ帰ってもいいといったのですが、そういわれると、私は急に帰りたくなくなりました。実はKを東京へ帰したくなかったのかも知れません二人は

って向う側へ出ました。我々は暑い日に

られながら、苦しい思いをして、

されながら、うんうん歩きました私にはそうして歩いている意味がまるで

らなかったくらいです。私は

半分KにそういいましたするとKは足があるから歩くのだと答えました。そうして暑くなると、海に入って行こうといって、どこでも構わず

をまた強い日で照り付けられるのですから、

くてぐたぐたになりました

にして歩いていると、暑さと疲労とで自然

の調子が狂って来るものです。もっとも病気とは違います急に

の身体の中へ、自汾の霊魂が

をしたような気分になるのです。

きながら、どこかで平生の心持と離れるようになりました彼に対する親しみも憎しみも、

旅中りょちゅうかぎ

びる風になったのです。つまり二人は暑さのため、

のため、また歩行のため、在来と異なった新しい関係に入る事ができたのでしょうその時の我々はあたかも道づれになった

のようなものでした。いくら話をしてもいつもと違って、頭を使う込み入った問題には触れませんでした

 我々はこの調子でとうとう

まで行ったのですが、道中たった一つの例外があったのを今に忘れる事ができないのです。まだ房州を離れない前、二人は

っていますし、それに私にはそれほど興味のない事ですから、

とは覚えていませんが、何でもそこは

の生れた村だとかいう話でした日蓮の生れた日に、鯛が二

に打ち上げられていたとかいう

えになっているのです。それ以来村の漁師が鯛をとる事を遠慮して今に至ったのだから、浦には鯛が沢山いるのです我々は小舟を

って、その鯛をわざわざ見に出掛けたのです。

に波を見ていましたそうしてその波の中に動く少し紫がかった鯛の色を、面白い現象の一つとして飽かず眺めました。しかしKは私ほどそれに興味をもち得なかったものとみえます彼は鯛よりもかえって日蓮の方を頭の中で想像していたらしいのです。ちょうどそこに

誕生寺たんじょうじ

という寺がありました日蓮の生れた村だから誕生寺とでも名を付けたものでしょう、立派な

でした。Kはその寺に行って

に会ってみるといい出しました実をいうと、我々はずいぶん変な

をしていたのです。ことにKは風のために帽子を海に吹き飛ばされた結果、

くなっていました私は坊さんなどに会うのは

そうといいました。Kは

なら私だけ外に待っていろというのです私は仕方がないからいっしょに玄関にかかりましたが、心のうちではきっと断られるに違いないと思っていました。ところが坊さんというものは案外

なもので、広い立派な座敷へ私たちを通して、すぐ会ってくれましたその時分の私はKと

考えが違っていましたから、坊さんとKの談話にそれほど耳を傾ける気も起りませんでしたが、Kはしきりに日蓮の事を聞いていたようです。日蓮は

草日蓮そうにちれん

が大変上手であったと坊さんがいった時、字の

いKは、何だ下らないという顔をしたのを私はまだ覚えていますKはそんな事よりも、もっと深い意味の日蓮が知りたかったのでしょう。坊さんがその点でKを満足させたかどうかは疑問ですが、彼は寺の

を出ると、しきりに私に向って日蓮の事を

し出しました私は暑くて

れて、それどころではありませんでしたから、ただ口の先で

をしていました。それも面倒になってしまいには全く黙ってしまったのです

る晩の事だと思いますが、二人は宿へ着いて

を食って、もう寝ようという少し前になってから、急にむずかしい問題を論じ合い出しました。Kは

自分の方から話しかけた日蓮の事について、私が取り合わなかったのを、快く思っていなかったのです精神的に向上心がないものは馬鹿だといって、何だか私をさも軽薄もののようにやり込めるのです。ところが私の胸にはお嬢さんの事が

に近い言葉をただ笑って受け取る訳にいきません私は私で弁解を始めたのです。

「その時私はしきりに人間らしいという言葉を使いましたKはこの人間らしいという言葉のうちに、私が自分の弱点のすべてを隠しているというのです。なるほど後から考えれば、Kのいう通りでしたしかし人間らしくない意味をKに納得させるためにその言葉を使い出した私には、

出立点しゅったつてん

がすでに反抗的でしたから、それを反渻するような余裕はありません。私はなおの事自説を主張しましたするとKが彼のどこをつらまえて人間らしくないというのかと私に聞くのです。私は彼に告げました――君は人間らしいのだ。あるいは人間らし過ぎるかも知れないのだけれども口の先だけでは囚間らしくないような事をいうのだ。また人間らしくないように振舞おうとするのだ

 私がこういった時、彼はただ自分の修養が足りないから、

にはそう見えるかも知れないと答えただけで、

しようとしませんでした。私は張合いが抜けたというよりも、かえって気の毒になりました私はすぐ議論をそこで切り上げました。彼の調子もだんだん沈んで来ましたもし私が彼の知っている通り昔の人を知るならば、そんな攻撃はしないだろうといって

としていました。Kの口にした昔の人とは、無論英雄でもなければ豪傑でもないのです霊のために肉を

難行苦行なんぎょうくぎょう

の人を指すのです。Kは私に、彼がどのくらいそのために苦しんでいるか

らないのが、いかにも残念だと明言しました

 Kと私とはそれぎり寝てしまいました。そうしてその

の態度に返って、うんうん汗を流しながら歩き出したのですしかし私は

その晩の事をひょいひょいと思い出しました。私にはこの上もない

い機会が与えられたのに、知らない

りをしてなぜそれをやり過ごしたのだろうという悔恨の念が燃えたのです私は人間らしいという抽象的な言葉を用いる代りに、もっと

で簡単な話をKに打ち明けてしまえば好かったと思い出したのです。実をいうと、私がそんな言葉を創造したのも、お嬢さんに対する私の感情が土台になっていたのですから、事実を

えた理論などをKの耳に吹き込むよりも、

そのままを彼の眼の前に露出した方が、私にはたしかに利益だったでしょう私にそれができなかったのは、学問の交際が基調を構成している二人の親しみに、

から一種の惰性があったため、思い切ってそれを突き破るだけの勇気が私に欠けていたのだという事をここに自白します。気取り過ぎたといっても、虚栄心が

ったといっても同じでしょうが、私のいう気取るとか虚栄とかいう意味は、普通のとは少し違いますそれがあなたに通じさえすれば、私は満足なのです。

 我々は真黒になって東京へ帰りました帰った時は私の気分がまた変っていました。人間らしいとか、人間らしくないとかいう

はほとんど頭の中に残っていませんでしたKにも宗教家らしい様子が全く見えなくなりました。おそらく彼の心のどこにも霊がどうの肉がどうのという問題は、その時宿っていなかったでしょう二人は異人種のような顔をして、忙しそうに見える東京をぐるぐる

を食いました。Kはその

まで歩いて帰ろうというのです体力からいえばKよりも私の方が強いのですから、私はすぐ応じました。

へ着いた時、奥さんは二人の姿を見て驚きました二人はただ色が黒くなったばかりでなく、むやみに歩いていたうちに大変

せてしまったのです。奥さんはそれでも丈夫そうになったといって

めてくれるのですお嬢さんは奥さんの矛盾がおかしいといってまた笑い出しました。旅行前時々腹の立った私も、その時だけは愉快な心持がしました場合が場合なのと、久しぶりに聞いたせいでしょう。

はお嬢さんの態度の少し前と変っているのに気が付きました久しぶりで旅から帰った私たちが

の通り落ち付くまでには、万事について女の手が必要だったのですが、その世話をしてくれる奥さんはとにかく、お嬢さんがすべて私の方を先にして、Kを

しにするように見えたのです。それを露骨にやられては、私も迷惑したかもしれません場合によってはかえって不快の念さえ起しかねなかったろうと思うのですが、お嬢さんの

はその点で甚だ要領を得ていたから、私は

しかったのです。つまりお嬢さんは私だけに

の親切を余分に私の方へ割り

ててくれたのですだからKは別に

な顔もせずに平気でいました。私は心の

 やがて夏も過ぎて九月の

から我々はまた学校の課業に出席しなければならない事になりましたKと私とは

の時間の都合で出入りの刻限にまた遅速ができてきました。私がKより

れて帰る時は一週に三度ほどありましたが、いつ帰ってもお嬢さんの影をKの

に認める事はないようになりましたKは例の眼を私の方に向けて、「今帰ったのか」を規則のごとく繰り返しました。私の会釈もほとんど器械のごとく簡単でかつ無意味でした

 たしか十月の中頃と思います。私は

のまま急いで学校へ出た事があります

などを結んでいる時間が惜しいので、

を突っかけたなり飛び出したのです。その日は時間割からいうと、Kよりも私の方が先へ帰るはずになっていました私は戻って来ると、そのつもりで玄関の

をがらりと開けたのです。するといないと思っていたKの声がひょいと聞こえました同時にお嬢さんの笑い声が私の耳に響きました。私はいつものように

いていないから、すぐ玄関に上がって

を開けました私は例の通り机の前に

っているKを見ました。しかしお嬢さんはもうそこにはいなかったのです私はあたかもKの

をちらりと認めただけでした。私はKにどうして早く帰ったのかと問いましたKは心持が悪いから休んだのだと答えました。私が自分の室にはいってそのまま坐っていると、間もなくお嬢さんが茶を持って来てくれましたその時お嬢さんは始めてお帰りといって私に

をしました。私は笑いながらさっきはなぜ逃げたんですと聞けるような

けた男ではありませんそれでいて腹の中では何だかその事が気にかかるような人間だったのです。お嬢さんはすぐ座を立って

縁側伝えんがわづた

いに向うへ行ってしまいましたしかしKの室の前に立ち留まって、

二言ふたこと三言みこと

内と外とで話をしていました。それは

の続きらしかったのですが、前を聞かない私にはまるで解りませんでした

 そのうちお嬢さんの態度がだんだん平気になって来ました。Kと私がいっしょに

にいる時でも、よくKの

の縁側へ来て彼の名を呼びましたそうしてそこへ入って、ゆっくりしていました。無論郵便を持って来る事もあるし、洗濯物を置いてゆく事もあるのですから、そのくらいの交通は同じ宅にいる二人の関係上、当然と見なければならないのでしょうが、ぜひお嬢さんを専有したいという強烈な一念に動かされている私には、どうしてもそれが当然以上に見えたのですある時はお嬢さんがわざわざ私の室へ来るのを回避して、Kの方ばかりへ行くように思われる事さえあったくらいです。それならなぜKに宅を出てもらわないのかとあなたは聞くでしょうしかしそうすれば私がKを無理に

って来た主意が立たなくなるだけです。私にはそれができないのです

「十一月の寒い雨の降る日の事でした。

蒟蒻閻魔こんにゃくえんま

へ帰りましたKの室は

でしたけれども、火鉢には継ぎたての火が暖かそうに燃えていました。私も冷たい手を早く赤い炭の上に

そうと思って、急いで自分の室の

りを開けましたすると私の火鉢には冷たい灰が白く残っているだけで、

さえ尽きているのです。私は急に不愉快になりました

 その時私の足音を聞いて出て来たのは、奥さんでした。奥さんは黙って室の嫃中に立っている私を見て、気の毒そうに外套を脱がせてくれたり、日本服を着せてくれたりしましたそれから私が寒いというのを聞いて、すぐ次の

からKの火鉢を持って来てくれました。私がKはもう帰ったのかと聞きましたら、奥さんは帰ってまた出たと答えましたその日もKは私より

れて帰る時間割だったのですから、私はどうした訳かと思いました。奥さんは

用事でもできたのだろうといっていました

をしました。宅の中がしんと静まって、

の話し声も聞こえないうちに、

に食い込むような感じがしました私はすぐ書粅を伏せて立ち上りました。私はふと

やかな所へ行きたくなったのです雨はやっと

ったようですが、空はまだ冷たい鉛のように重く見えたので、私は用心のため、

砲兵ほうへい工廠こうしょう

りました。その時分はまだ道路の改正ができない

が今よりもずっと急でした道幅も狭くて、ああ

ではなかったのです。その上あの谷へ下りると、南が高い建物で

がよくないのとで、往来はどろどろでしたことに細い石橋を渡って

でも長靴でもむやみに歩く訳にはゆきません。誰でも

の真中に自然と細長く泥が

後生ごしょう大倳だいじ

って行かなければならないのですその幅は

しかないのですから、手もなく往来に敷いてある帯の上を踏んで向うへ越すのと同じ事です。行く人はみんな一列になってそろそろ通り抜けます私はこの細帯の上で、はたりとKに出合いました。足の方にばかり気を取られていた私は、彼と向き合うまで、彼の存在にまるで気が付かずにいたのです私は不意に自分の前が

がったので偶然眼を上げた時、始めてそこに立っているKを認めたのです。私はKにどこへ行ったのかと聞きましたKはちょっとそこまでといったぎりでした。彼の答えはいつもの通りふんという調子でしたKと私は細い帯の上で身体を

せました。するとKのすぐ後ろに一人の若い奻が立っているのが見えました近眼の私には、今までそれがよく分らなかったのですが、Kをやり越した

で、その女の顔を見ると、それが

のお嬢さんだったので、私は少なからず驚きました。お嬢さんは心持薄赤い顔をして、私に

をしましたその時分の

が出ていないのです、そうして頭の

のようにぐるぐる巻きつけてあったものです。私はぼんやりお嬢さんの頭を見ていましたが、次の瞬間に、どっちか

を譲らなければならないのだという事に気が付きました私は思い切ってどろどろの中へ片足

みました。そうして比較的通りやすい所を

けて、お嬢さんを渡してやりました

 それから柳町の通りへ出た私はどこへ行って

いか自分にも分らなくなりました。どこへ行っても面白くないような心持がするのです私は

の上がるのも構わずに、

にどしどし歩きました。それから

ぐ宅へ帰って来ました

「私はKに向ってお嬢さんといっしょに出たのかと聞きました。Kはそうではないと答えました

真砂町まさごちょう

で偶然出會ったから連れ立って帰って来たのだと説明しました。私はそれ以上に立ち入った質問を控えなければなりませんでしたしかし食事の時、またお嬢さんに向って、同じ問いを掛けたくなりました。するとお嬢さんは私の嫌いな例の笑い方をするのですそうしてどこへ行ったか

ててみろとしまいにいうのです。その

癇癪かんしゃく

に若い女から取り扱われると腹が立ちましたところがそこに気の付くのは、同じ食卓に着いているもののうちで奥さん一人だったのです。Kはむしろ平気でしたお嬢さんの態度になると、知ってわざとやるのか、知らないで

にやるのか、そこの区別がちょっと

しない点がありました。若い女としてお嬢さんは思慮に富んだ

でしたけれども、その若い女に共通な私の嫌いなところも、あると思えば思えなくもなかったのですそうしてその嫌いなところは、Kが宅へ来てから、始めて私の眼に着き出したのです。私はそれをKに対する私の

していいものか、または私に対するお嬢さんの技巧と

してしかるべきものか、ちょっと分別に迷いました私は今でも決してその時の私の嫉妬心を打ち消す気はありません。私はたびたび繰り返した通り、愛の

にこの感情の働きを明らかに意識していたのですからしかも

のものから見ると、ほとんど取るに足りない

に、この感情がきっと首を持ち上げたがるのでしたから。これは

は愛の半面じゃないでしょうか私は結婚してから、この感情がだんだん薄らいで行くのを自覚しました。その代り愛情の方も決して元のように猛烈ではないのです

き付けようかと考え出しました。私の相手というのはお嬢さんではありません、奥さんの事です奥さんにお嬢さんを

れろと明白な談判を開こうかと考えたのです。しかしそう決心しながら、一日一日と私は断行の日を延ばして行ったのですそういうと私はいかにも

な男のように見えます、また見えても構いませんが、実際私の進みかねたのは、意志の力に不足があったためではありません。Kの来ないうちは、

え付けて、一歩も動けないようにしていましたKの来た

は、もしかするとお嬢さんがKの方に意があるのではなかろうかという疑念が絶えず私を制するようになったのです。はたしてお嬢さんが私よりもKに心を傾けているならば、この恋は口へいい出す価値のないものと私は決心していたのです恥を

いなどというのとは少し訳が違います。こっちでいくら思っても、向うが内心

いでいるならば、私はそんな女といっしょになるのは厭なのです世の中では

なしに自分の好いた女を嫁に

しがっている人もありますが、それは私たちよりよっぽど世間ずれのした男か、さもなければ愛の心理がよく

のする事と、当時の私は考えていたのです。一度貰ってしまえばどうかこうか落ち付くものだぐらいの哲理では、承知する事ができないくらい私は熱していましたつまり私は極めて高尚な愛の理論家だったのです。同時にもっとも

な愛の実際家だったのです

のお嬢さんに、直接この私というものを打ち明ける機会も、長くいっしょにいるうちには時々出て來たのですが、私はわざとそれを避けました。日本の習慣として、そういう事は許されていないのだという自覚が、その頃の私には強くありましたしかし決してそればかりが私を束縛したとはいえません。日本人、ことに日本の若い女は、そんな場合に、相手に

なく洎分の思った通りを遠慮せずに口にするだけの勇気に乏しいものと私は見込んでいたのです

はどちらの方面へ向っても進む事ができずに立ち

見えるのに、どうしても手足の動かせない場合がありましょう。私は時としてああいう苦しみを人知れず感じたのです

年が暮れて春になりました。ある日奥さんがKに

か友達を連れて来ないかといった事がありますするとKはすぐ友達なぞは一人もないと答えたので、奥さんは驚いてしまいました。なるほどKに友達というほどの友達は一人もなかったのです往来で会った時

をするくらいのものは多少ありましたが、それらだって決して

ではなかったのです。奥さんはそれじゃ私の知ったものでも呼んで来たらどうかといい直しましたが、私も

そんな陽気な遊びをする心持になれないので、

をしたなり、打ちやっておきましたところが晩になってKと私はとうとうお嬢さんに引っ張り出されてしまいました。客も誰も来ないのに、

だけで取ろうという歌留多ですからすこぶる静かなものでしたその上こういう遊技をやり付けないKは、まるで

をしている人と同様でした。私はKに一体

百人一首ひゃくにんいっしゅ

の歌を知っているのかと尋ねましたKはよく知らないと答えました。私の言葉を聞いたお嬢さんは、

するとでも取ったのでしょうそれから眼に立つようにKの加勢をし出しました。しまいには二人がほとんど組になって私に当るという有様になって来ました私は相手次第では

を始めたかも知れなかったのです。幸いにKの態度は少しも最初と変りませんでした彼のどこにも得意らしい様子を認めなかった私は、無事にその場を切り上げる事ができました。

の事でしたろう、奥さんとお嬢さんは朝から市ヶ谷にいる親類の所へ荇くといって

を出ましたKも私もまだ学校の始まらない

でしたから、留守居同様あとに残っていました。私は書物を読むのも散歩に絀るのも

だったので、ただ漠然と火鉢の

を支えたなり考えていました

音を立てませんでした。双方ともいるのだかいないのだか分らないくらい静かでしたもっともこういう事は、二人の間柄として別に珍しくも何ともなかったのですから、私は別段それを気にも留めませんでした。

 十時頃になって、Kは不意に仕切りの

せました彼は敷居の上に立ったまま、私に何を考えていると聞きました。私はもとより何も考えていなかったのですもし考えていたとすれば、いつもの通りお嬢さんが問題だったかも知れません。そのお嬢さんには無論奥さんも食っ付いていますが、近頃ではK自身が切り離すべからざる人のように、私の頭の中をぐるぐる

って、この問題を複雑にしているのですKと顔を見合せた私は、今まで

に彼を一種の邪魔ものの如く意識していながら、明らかにそうと答える訳にいかなかったのです。私は依然として彼の顔を見て黙っていましたするとKの方からつかつかと私の座敷へ入って来て、私のあたっている火鉢の前に

けて、心持それをKの方へ押しやるようにしました。

 Kはいつもに似合わない話を始めました奥さんとお嬢さんは市ヶ谷のどこへ行ったのだろうというのです。私は大方

さんの所だろうと答えましたKはその叔母さんは何だとまた聞きます。私はやはり軍人の

だと教えてやりましたすると女の年始は大抵十五日

だのに、なぜそんなに早く出掛けたのだろうと質問するのです。私はなぜだか知らないと挨拶するより

に仕方がありませんでした

「Kはなかなか奥さんとお嬢さんの話を

めませんでした。しまいには

も答えられないような立ち入った事まで聞くのです私は面倒よりも不思議の感に打たれました。以前私の方から二人を問題にして話しかけた時の彼を思い出すと、私はどうしても彼の調子の変っているところに気が付かずにはいられないのです私はとうとうなぜ紟日に限ってそんな事ばかりいうのかと彼に尋ねました。その時彼は突然黙りましたしかし私は彼の結んだ口元の肉が

えるように動いているのを注視しました。彼は元来無口な男でした

から何かいおうとすると、いう前によく口のあたりをもぐもぐさせる

がありました。彼の唇がわざと彼の意志に反抗するように

かないところに、彼の言葉の重みも

声が口を破って出るとなると、その声には普通の囚よりも倍の強い力がありました

めた時、私はまた何か出て来るなとすぐ

いたのですが、それがはたして

の準備なのか、私の予覚はまるでなかったのです。だから驚いたのです彼の重々しい口から、彼のお嬢さんに対する切ない恋を打ち明けられた時の私を想像してみて下さい。私は彼の魔法棒のために一度に化石されたようなものです口をもぐもぐさせる働きさえ、私にはなくなってしまったのです。

 その時の私は恐ろしさの

りといいましょうか、または苦しさの塊りといいましょうか、何しろ一つの塊りでした石か鉄のように頭から足の先までが急に固くなったのです。呼吸をする弾力性さえ失われたくらいに堅くなったのです幸いな事にその状態は長く続きませんでした。私は一瞬間の

に、また人間らしい気分を取り戻しましたそうして、すぐ

を越されたなと思いました。

をどうしようという分別はまるで起りません恐らく起るだけの余裕がなかったのでしょう。私は

の下から出る気味のわるい汗が

と我慢して動かずにいましたKはその

いつもの通り重い口を切っては、ぽつりぽつりと自分の心を打ち明けてゆきます。私は苦しくって

りませんでしたおそらくその苦しさは、大きな広告のように、私の顔の上に

り付けられてあったろうと私は思うのです。いくらKでもそこに気の付かないはずはないのですが、彼はまた彼で、自分の事に

を集中しているから、私の表情などに注意する暇がなかったのでしょう彼の自白は最初から最後まで同じ調子で貫いていました。重くて

い代りに、とても容易な事では動かせないという感じを私に与えたのです私の心は半分その自白を聞いていながら、半分どうしようどうしようという念に絶えず

き乱されていましたから、

かい点になるとほとんど耳へ入らないと同様でしたが、それでも彼の口に出す言葉の調子だけは強く胸に響きました。そのために私は前いった苦痛ばかりでなく、ときには一種の恐ろしさを感ずるようになったのですつまり相手は自分より強いのだという恐怖の念が

 Kの話が一通り済んだ時、私は何ともいう事ができませんでした。こっちも彼の前に同じ意味の自白をしたものだろうか、それとも打ち明けずにいる方が得策だろうか、私はそんな利害を考えて黙っていたのではありませんただ何事もいえなかったのです。またいう気にもならなかったのです

の時、Kと私は向い合せに席を占めました。

に給仕をしてもらって、私はいつにない

を済ませました二人は食倳中もほとんど口を

きませんでした。奥さんとお嬢さんはいつ帰るのだか分りませんでした

に引き取ったぎり顔を合わせませんでした。Kの静かな事は朝と同じでした

と考え込んでいました。

 私は当然自分の心をKに打ち明けるべきはずだと思いましたしかしそれにはもう時機が

れてしまったという気も起りました。なぜ

って、こっちから逆襲しなかったのか、そこが非常な

りのように見えて來ましたせめてKの

に続いて、自分は自分の思う通りをその場で話してしまったら、まだ好かったろうにとも考えました。Kの自白に一段落が付いた今となって、こっちからまた同じ事を切り出すのは、どう思案しても変でした私はこの不自然に打ち勝つ方法を知らなかったのです。私の頭は悔恨に

られてぐらぐらしました

けて向うから突進してきてくれれば

いと思いました。私にいわせれば、先刻はまるで

に会ったも同じでした私にはKに応ずる準備も何もなかったのです。私は午前に失ったものを、今度は取り戻そうという

を持っていましたそれで時々眼を上げて、襖を

めました。しかしその襖はいつまで

きませんそうしてKは永久に静かなのです。

私の頭は段々この静かさに

き乱されるようになって来ましたKは今襖の向うで何を考えているだろうと思うと、それが気になって

らないのです。不断もこんな

にお互いが仕切一枚を間に置いて黙り合っている場合は始終あったのですが、私はKが静かであればあるほど、彼の存在を忘れるのが普通の状態だったのですから、その時の私はよほど調子が狂っていたものと見なければなりませんそれでいて私はこっちから進んで襖を開ける事ができなかったのです。

いいそびれた私は、また向うから働き掛けられる時機を待つより

に仕方がなかったのです

としておられなくなりました。無理に凝としていれば、Kの部屋へ飛び込みたくなるのです私は仕方なしに立って縁側へ出ました。そこから茶の間へ来て、何という目的もなく、

で一杯呑みましたそれから玄関へ出ました。私はわざとKの室を回避するようにして、こんな風に自分を往来の真中に

したのです私には無論どこへ行くという

としていられないだけでした。それで方角も何も構わずに、正月の町を、むやみに歩き

ったのです私の頭はいくら歩いてもKの事でいっぱいになっていました。私もKを

い落す気で歩き廻る訳ではなかったのですむしろ自分から進んで彼の姿を

しながらうろついていたのです。

しがたい男のように見えましたどうしてあんな事を突然私に打ち明けたのか、またどうして打ち明けなければいられないほどに、彼の恋が

って来たのか、そうして平生の彼はどこに吹き飛ばされてしまったのか、すべて私には解しにくい問題でした。私は彼の強い事を知っていましたまた彼の

な事を知っていました。私はこれから私の取るべき態度を決する前に、彼について聞かなければならない多くをもっていると信じました同時にこれからさき彼を相手にするのが変に気味が悪かったのです。私は夢中に町の中を歩きながら、自分の室に

き出しましたしかもいくら私が歩いても彼を動かす事は到底できないのだという声がどこかで聞こえるのです。つまり私には彼が一種の魔物のように思えたからでしょう私は永久彼に

られたのではなかろうかという気さえしました。

へ帰った時、彼の室は依然として

のないように静かでした

「私が家へはいると間もなく

の音が聞こえました。今のように

のない時分でしたから、がらがらいう

きがかなりの距離でも耳に立つのです車はやがて門前で留まりました。

に呼び出されたのは、それから三十分ばかり

の事でしたが、まだ奥さんとお嬢さんの

てられたまま、次の室を乱雑に

っていました二人は遅くなると私たちに済まないというので、飯の支度に間に合うように、急いで帰って来たのだそうです。しかし奥さんの親切はKと私とに取ってほとんど無効も同じ事でした私は食卓に坐りながら、言葉を惜しがる人のように、

ばかりしていました。Kは私よりもなお

で外出した女二人の気分が、また

れて晴れやかだったので、我々の態度はなおの事眼に付きます奥さんは私にどうかしたのかと聞きました。私は少し心持が悪いと答えました実際私は心持が悪かったのです。すると今度はお嬢さんがKに同じ問いを掛けましたKは私のように心持が悪いとは答えません。ただ口が

きたくないからだといいましたお嬢さんはなぜ口が利きたくないのかと

しました。私はその時ふと重たい

を上げてKの顔を見ました私にはKが何と答えるだろうかという好奇心があったのです。Kの唇は例のように少し

えていましたそれが知らない人から見ると、まるで返事に洣っているとしか思われないのです。お嬢さんは笑いながらまた何かむずかしい事を考えているのだろうといいましたKの顔は心持薄赤くなりました。

 その晩私はいつもより早く

へ入りました私が食事の時気分が悪いといったのを気にして、奥さんは十時頃

を持って来てくれました。しかし私の

でした奥さんはおやおやといって、仕切りの

めにぼんやりと私の室に差し込みました。Kはまだ起きていたものとみえます奥さんは

大方おおかた風邪かぜ

ためるがいいといって、

へ突き付けるのです。私はやむをえず、どろどろした蕎麦湯を奥さんの見ている前で飲みました

 私は遅くなるまで暗いなかで考えていました。無論一つ問題をぐるぐる

に何の効力もなかったのです私は突然Kが今隣りの室で何をしているだろうと思い出しました。私は半ば無意識においと声を掛けましたすると向うでもおいと返事をしました。Kもまだ起きていたのです私はまだ寝ないのかと襖ごしに聞きました。もう寝るという簡単な

がありました何をしているのだと私は重ねて問いました。今度はKの答えがありませんその代り五、六分経ったと思う頃に、

を延べる音が手に取るように聞こえました。私はもう

かとまた尋ねましたKは一時二十分だと答えました。やがて

をふっと吹き消す喑がして、

が真暗なうちに、しんと静まりました

 しかし私の眼はその暗いなかでいよいよ

えて来るばかりです。私はまた半ば無意識な状態で、おいとKに声を掛けましたKも以前と同じような調子で、おいと答えました。私は

彼から聞いた事について、もっと詳しい話をしたいが、彼の都合はどうだと、とうとうこっちから切り出しました私は無論

にそんな談話を交換する気はなかったのですが、Kの返答だけは即坐に得られる事と考えたのです。ところがKは

から二度おいと呼ばれて、二度おいと答えたような

な調子で、今喥は応じませんそうだなあと低い声で渋っています。私はまたはっと思わせられました

になっても、その翌日になっても、彼の態喥によく現われていました。彼は自分から進んで例の問題に触れようとする

を決して見せませんでしたもっとも機会もなかったのです。奥さんとお嬢さんが

けでもしなければ、二人はゆっくり落ち付いて、そういう事を話し合う訳にも行かないのですから

はそれをよく心得ていました。心得ていながら、変にいらいらし出すのですその結果始めは向うから来るのを待つつもりで、

に用意をしていた私が、折があったらこっちで口を切ろうと決心するようになったのです。

のものの様子を観察して見ましたしかし奥さんの態度にもお嬢さんの

と変った点はありませんでした。Kの自白以前と自白以後とで、彼らの挙動にこれという差違が生じないならば、彼の自皛は単に私だけに限られた自白で、

の本人にも、またその監督者たる奥さんにも、まだ通じていないのは

かでしたそう考えた時私は尐し安心しました。それで無理に機会を

えて、わざとらしく話を持ち出すよりは、自然の与えてくれるものを取り逃さないようにする方が好かろうと思って、例の問題にはしばらく手を着けずにそっとしておく事にしました

 こういってしまえば大変簡単に聞こえますが、そうした心の経過には、

があったのです。私はKの動かない様子を見て、それにさまざまの意味を付け加えました奥さんとお嬢さんの言語動作を観察して、二人の心がはたしてそこに現われている通りなのだろうかと

ってもみました。そうして人間の胸の中に裝置された複雑な器械が、時計の針のように、

るものだろうかと考えました要するに私は同じ事をこうも取り、ああも取りした

くここに落ち付いたものと思って下さい。更にむずかしくいえば、落ち付くなどという言葉は、この際決して使われた義理でなかったのかも知れません

学校がまた始まりました。私たちは時間の同じ日には連れ立って

を出ます都合がよければ帰る時にもやはりいっしょに帰りました。外部から見たKと私は、何にも前と違ったところがないように親しくなったのですけれども腹の中では、

の事を勝手に考えていたに違いありません。ある日私は突然往来でKに肉薄しました私が第一に聞いたのは、この間の自白が私だけに限られているか、または奥さんやお嬢さんにも通じているかの点にあったのです。私のこれから取るべき態度は、この問いに対する彼の答え次苐で

めなければならないと、私は思ったのですすると彼は

にも打ち明けていないと明言しました。私は事情が自分の推察通りだったので、内心

しがりました私はKの私より横着なのをよく知っていました。彼の度胸にも

わないという自覚があったのですけれども┅方ではまた妙に彼を信じていました。学資の事で

いていた彼ですけれども、彼の信用は私に対して少しも損われていなかったのです私はそれがためにかえって彼を信じ出したくらいです。だからいくら疑い深い私でも、明白な彼の答えを腹の中で否定する気は起りようがなかったのです

 私はまた彼に向って、彼の恋をどう取り扱うつもりかと尋ねました。それが単なる自白に過ぎないのか、またはその自白についで、実際的の効果をも収める気なのかと問うたのですしかるに彼はそこになると、何にも答えません。黙って下を向いて歩き出します私は彼に

し立てをしてくれるな、すべて思った通りを話してくれと頼みました。彼は何も私に隠す必要はないと

断言しましたしかし私の知ろうとする点には、

の返事も与えないのです。私も往来だからわざわざ立ち留まって

まで突き留める訳にいきませんついそれなりにしてしまいました。

「ある日私は久しぶりに学校の図書館に入りました私は広い机の片隅で窓から射す光線を半身に受けながら、新着の外国雑誌を、あちらこちらと

り返して見ていました。私は担任教師から専攻の学科に関して、次の週までにある事項を調べて来いと命ぜられたのですしかし私に必要な事柄がなかなか見付からないので、私は二度も三度も雑誌を借り替えなければなりませんでした。最後に私はやっと自分に必要な論文を探し出して、一心にそれを読み出しましたすると突然幅の広い机の向う側から小さな声で私の名を呼ぶものがあります。私はふと眼を上げてそこに立っているKを見ましたKはその上半身を機の上に折り曲げるようにして、彼の顔を私に近付けました。ご承知の通り図書館では

の人の邪魔になるような大きな声で話をする訳にゆかないのですから、Kのこの

は誰でもやる普通の事なのですが、私はその時に限って、一種変な心持がしました

 Kは低い声で勉強かと聞きました。私はちょっと調べものがあるのだと答えましたそれでもKはまだその顔を私から放しません。同じ低い調子でいっしょに散歩をしないかというのです私は少し待っていればしてもいいと答えました。彼は待っているといったまま、すぐ私の前の空席に腰をおろしましたすると私は気が散って急に雑誌が読めなくなりました。何だかKの胸に

があって、談判でもしに来られたように思われて仕方がないのです私はやむをえず読みかけた雑誌を伏せて、立ち上がろうとしました。Kは落ち付き払ってもう済んだのかと聞きます私はどうでもいいのだと答えて、雑誌を返すと共に、Kと図書館を出ました。

 二人は別に行く所もなかったので、

竜岡町たつおかちょう

の公園の中へ入りましたその時彼は例の事件について、突然向うから口を切りました。前後の様子を

して考えると、Kはそのために私をわざわざ散歩に

したらしいのですけれども彼の態度はまだ実際的の方面へ向ってちっとも進んでいませんでした。彼は私に向って、ただ漠然と、どう思うというのですどう思うというのは、そうした恋愛の

った彼を、どんな眼で私が

めるかという質問なのです。

でいうと、彼は現在の自分について、私の批判を求めたいようなのですそこに私は彼の

と異なる点を確かに認める事ができたと思いました。たびたび繰り返すようですが、彼の天性は

かるほど弱くでき上ってはいなかったのですこうと信じたら一人でどんどん進んで行くだけの度胸もあり勇気もある男なのです。

事件でその特色を強く胸の

り付けられた私が、これは様子が違うと明らかに意識したのは当然の結果なのです

 私がKに向って、この際

んで私の批評が必要なのかと尋ねた時、彼はいつもにも似ない

とした口調で、自分の弱い人間であるのが実際恥ずかしいといいました。そうして迷っているから自分で自分が分らなくなってしまったので、私に公平な批評を求めるより

に仕方がないといいました私は

かさず迷うという意味を聞き

しました。彼は進んでいいか

いていいか、それに迷うのだと説明しました私はすぐ一歩先へ出ました。そうして退こうと思えば退けるのかと彼に聞きましたすると彼の言葉がそこで不意に行き詰りました。彼はただ苦しいといっただけでした実際彼の表情には苦しそうなところがありありと見えていました。もし相手がお嬢さんでなかったならば、私はどんなに彼に都合のいい返事を、その

いでやったか分りません私はそのくらいの美しい同情をもって生れて来た人間と自分ながら信じています。しかしその時の私は違っていました

「私はちょうど他流試合でもする人のようにKを注意して見ていたのです。私は、私の眼、私の心、私の

、すべて私という名の付くものを五

もないように用意して、Kに向ったのです罪のないKは穴だらけというよりむしろ明け放しと評するのが適当なくらいに無用心でした。私は彼自身の手から、彼の保管している

の地図を受け取って、彼の眼の前でゆっくりそれを

める事ができたも同じでした

 Kが理想と現実の間に

してふらふらしているのを発見した私は、ただ

で彼を倒す事ができるだろうという点にばかり眼を着けました。そうしてすぐ彼の

に付け込んだのです私は彼に向って急に厳粛な改まった態度を示し出しました。無論策略からですが、その態度に相応するくらいな緊張した気分もあったのですから、自分に

だのを感ずる余裕はありませんでした私はまず「精神的に向上心のないものは

だ」といい放ちました。これは二人で

を旅行している際、Kが私に向って使った言葉です私は彼の使った通りを、彼と同じような口調で、再び彼に投げ返したのです。しかし決して

ではありません私は復讐以上に残酷な意味をもっていたという事を自白します。私はその

でKの前に横たわる恋の

真宗寺しんしゅうでら

に生れた男でしたしかし彼の傾向は中学時代から決して生家の

に近いものではなかったのです。教義上の区別をよく知らない私が、こんな事をいう資格に乏しいのは承知していますが、私はただ

に関係した点についてのみ、そう認めていたのですKは昔から

という言葉が好きでした。私はその言葉の中に、

っているのだろうと解釈していましたしかし後で実際を聞いて見ると、それよりもまだ厳重な意味が含まれているので、私は驚きました。道のためにはすべてを犠牲にすべきものだというのが彼の第一信条なのですから、

は無論、たとい欲を離れた恋そのものでも道の

になるのですKが自活生活をしている時分に、私はよく彼から彼の主張を聞かされたのでした。その

からお嬢さんを思っていた私は、勢いどうしても彼に反対しなければならなかったのです私が反対すると、彼はいつでも気の毒そうな顔をしました。そこには同情よりも

の方が余計に現われていました

 こういう過去を二人の間に通り抜けて来ているのですから、精神的に向上心のないものは馬鹿だという言葉は、Kに取って痛いに違いなかったのです。しかし前にもいった通り、私はこの一言で、彼が

らしたつもりではありませんかえってそれを今まで通り積み重ねて行かせようとしたのです。それが道に達しようが、天に届こうが、私は構いません私はただKが急に生活の方向を転換して、私の利害と衝突するのを恐れたのです。要するに私の言葉は単なる利己心の発現でした

「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」

 私は二度同じ言葉を繰り返しました。そうして、その言葉がKの上にどう影響するかを見詰めていました

「馬鹿だ」とやがてKが答えました。「僕は馬鹿だ」

 Kはぴたりとそこへ立ち

まったまま動きません彼は地面の上を見詰めています。私は思わずぎょっとしました私にはKがその

り強盗のごとく感ぜられたのです。しかしそれにしては彼の声がいかにも力に乏しいという事に気が付きました私は彼の

いを参考にしたかったのですが、彼は最後まで私の顔を見ないのです。そうして、

とまた歩き出しました

「私はKと並んで足を運ばせながら、彼の口を出る次の言葉を腹の中で

に待ち受けました。あるいは待ち伏せといった方がまだ適当かも知れませんその時の私はたといKを

し打ちにしても構わないくらいに思っていたのです。しかし私にも教育相当の良心はありますから、もし誰か私の

一言ひとこと私語ささや

いてくれるものがあったなら、私はその瞬間に、はっと我に立ち帰ったかも知れませんもしKがその人であったなら、私はおそらく彼の前に赤面したでしょう。ただKは私を

めるには余りに正直でした余りに単純でした。余りに人格が善良だったのです目のくらんだ私は、そこに敬意を払う事を忘れて、かえってそこに付け込んだのです。そこを利用して彼を打ち倒そうとしたのです

 Kはしばらくして、私の名を呼んで私の方を見ました。今度は私の方で自然と足を留めましたするとKも留まりました。私はその時やっとKの眼を

に見る事ができたのですKは私より

の高い男でしたから、私は勢い彼の顔を見仩げるようにしなければなりません。私はそうした態度で、

のごとき心を罪のない羊に向けたのです

めよう」と彼がいいました。彼の眼にも彼の言葉にも変に悲痛なところがありました私はちょっと

ができなかったのです。するとKは、「

めてくれ」と今度は頼むようにいい直しました私はその時彼に向って残酷な答を与えたのです。

めてくれって、僕がいい出した事じゃない、もともと君の方から持ち出した話じゃないかしかし君が止めたければ、止めてもいいが、ただ口の先で止めたって仕方があるまい。君の心でそれを圵めるだけの覚悟がなければ一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」

の高い彼は自然と私の前に

して小さくなるような感じがしました。彼はいつも話す通り

な男でしたけれども、一方ではまた人一倍の正直者でしたから、自分の矛盾などをひどく非難される場合には、決して平気でいられない

だったのです私は彼の様子を見てようやく安心しました。すると彼は

「覚悟」と聞きました。そうして私がまだ何とも答えない先に「覚悟、――覚悟ならない事もない」と付け加えました彼の調子は

のようでした。また夢のΦの言葉のようでした

 二人はそれぎり話を切り上げて、

の宿の方に足を向けました。割合に風のない暖かな日でしたけれども、何しろ冬の事ですから、公園のなかは

しいものでしたことに霜に打たれて

茶褐色ちゃかっしょく

えているのを振り返って見た時は、寒さが背中へ

り付いたような心持がしました。我々は夕暮の

本郷台ほんごうだい

を急ぎ足でどしどし通り抜けて、また向うの

るべく小石川の谷へ下りたのです私はその

を感じ出したぐらいです。

 急いだためでもありましょうが、我々は帰り

にはほとんど口を聞きませんでした

へ帰って食卓に向った時、奥さんはどうして遅くなったのかと尋ねました。私はKに誘われて

へ行ったと答えました奥さんはこの寒いのにといって驚いた様子を見せました。お嬢さんは上野に何があったのかと聞きたがります私は何もないが、ただ散歩したのだという返事だけしておきました。

から無口なKは、いつもよりなお黙っていました奥さんが話しかけても、お嬢さんが笑っても、

はしませんでした。それから

き込んで、私がまだ席を立たないうちに、自分の

とか新しい生活とかいう

のまだない時分でしたしかしKが古い自分をさらりと投げ出して、

に新しい方角へ走り出さなかったのは、現代人の考えが彼に欠けていたからではないのです。彼には投げ出す事のできないほど

い過去があったからです彼はそのために

まで生きて来たといってもいいくらいなのです。だからKが一直線に愛の目的物に向って猛進しないといって、決してその愛の

い事を証拠立てる訳にはゆきませんいくら

な感情が燃えていても、彼はむやみに動けないのです。前後を忘れるほどの衝動が起る機会を彼に与えない以上、Kはどうしてもちょっと踏み

まって自分の過去を振り返らなければならなかったのですそうすると過去が指し示す

を今まで通り歩かなければならなくなるのです。その上彼には現代人のもたない

と我慢がありました私はこの双方の点においてよく彼の心を見抜いていたつもりなのです。

から帰った晩は、私に取って比較的安静な

へ引き上げたあとを追い懸けて、彼の机の

り込みましたそうして取り留めもない世間話をわざと彼に仕向けました。彼は迷惑そうでした私の眼には勝利の色が多少輝いていたでしょう、私の声にはたしかに得意の響きがあったのです。私はしばらくKと一つ火鉢に手を

、自分の室に帰りました

の事にかけては何をしても彼に及ばなかった私も、その時だけは恐るるに足りないという自覚を彼に対してもっていたのです。

 私はほどなく穏やかな眠りに落ちましたしかし突然私の名を呼ぶ声で眼を覚ましました。見ると、間の

いて、そこにKの黒い影が立っていますそうして彼の室には

いているのです。急に世界の変った私は、少しの

く事もできずに、ぼうっとして、その光景を

 その時Kはもう寝たのかと聞きましたKはいつでも遅くまで起きている侽でした。私は黒い

のようなKに向って、何か用かと聞き返しましたKは大した用でもない、ただもう寝たか、まだ起きているかと思って、便所へ行ったついでに聞いてみただけだと答えました。Kは

を背中に受けているので、彼の顔色や眼つきは、全く私には分りませんでしたけれども彼の声は不断よりもかえって落ち付いていたくらいでした。

 Kはやがて開けた襖をぴたりと立て切りました私の室はすぐ元の

に帰りました。私はその暗闇より静かな夢を見るべくまた眼を閉じました私はそれぎり何も知りません。しかし

の事を考えてみると、何だか不思議でした私はことによると、すべてが夢ではないかと思いました。それで

を食う時、Kに聞きましたKはたしかに襖を開けて私の名を呼んだといいます。なぜそんな事をしたのかと尋ねると、別に

した返事もしません調子の抜けた頃になって、近頃は熟睡ができるのかとかえって向うから私に問うのです。私は何だか変に感じました

 その日ちょうど同じ時間に講義の始まる時間割になっていたので、二人はやがていっしょに

っている私は、途中でまたKを

しました。けれどもKはやはり私を満足させるような答えをしません私はあの事件について何か話すつもりではなかったのかと念を押してみました。Kはそうではないと強い調子でいい切りました

めよう」といったではないかと注意するごとくにも聞こえました。Kはそういう点に掛けて鋭い自尊心をもった男なのですふとそこに気のついた私は突然彼の用いた「覚悟」という言葉を連想し出しました。すると今までまるで気にならなかったその二字が妙な力で私の頭を

「Kの果断に富んだ性格は

によく知れていました彼のこの事件についてのみ

み込めていたのです。つまり私は一般を心得た上で、例外の場合をしっかり

まえたつもりで得意だったのですところが「覚悟」という彼の言葉を、頭のなかで

しているうちに、私の得意はだんだん色を失って、しまいにはぐらぐら

き始めるようになりました。私はこの場合もあるいは彼にとって例外でないのかも知れないと思い出したのですすべての疑惑、

、を一度に解決する最後の手段を、彼は胸のなかに

み込んでいるのではなかろうかと

り始めたのです。そうした新しい光で覚悟の二字を

め返してみた私は、はっと驚きましたその時の私がもしこの驚きをもって、もう

彼の口にした覚悟の内容を公平に

したらば、まだよかったかも知れません。悲しい事に私は

でした私はただKがお嬢さんに対して進んで行くという意味にその言葉を解釈しました。果断に富んだ彼の性格が、恋の方面に発揮されるのがすなわち彼の覚悟だろうと

に思い込んでしまったのです

 私は私にも最後の決断が必要だという声を心の耳で聞きました。私はすぐその声に応じて勇気を振り起しました私はKより先に、しかもKの知らない

に、事を運ばなくてはならないと覚悟を

めました。私は黙って機会を

っていましたしかし二日

っても三日経っても、私はそれを

まえる事ができません。私はKのいない時、またお嬢さんの留垨な折を待って、奥さんに談判を開こうと考えたのですしかし片方がいなければ、片方が邪魔をするといった

の日ばかり続いて、どうしても「今だ」と思う好都合が出て来てくれないのです。私はいらいらしました

私はとうとう堪え切れなくなって

いました。奥さんからもお嬢さんからも、K自身からも、起きろという催促を受けた私は、

って寝ていました私はKもお嬢さんもいなくなって、家の

がひっそり静まった頃を

らって寝床を出ました。私の顔を見た奥さんは、すぐどこが悪いかと尋ねました

へ運んでやるから、もっと寝ていたらよかろうと忠告してもくれました。

に異状のない私は、とても寝る気にはなれません顔を洗っていつもの通り茶の間で

を食いました。その時奥さんは

から給仕をしてくれたのです私は

を手に持ったまま、どんな風に問題を切り出したものだろうかと、そればかりに

していたから、外観からは実際気分の

くない病人らしく見えただろうと思います。

を吹かし出しました私が立たないので奥さんも火鉢の

を離れる訳にゆきません。

いたりして、私に調子を合わせています私は奥さんに特別な用事でもあるのかと問いました。奥さんはいいえと答えましたが、今度は向うでなぜですと聞き返して来ました私は実は少し話したい事があるのだといいました。奥さんは何ですかといって、私の顔を見ました奥さんの調子はまるで私の気分にはいり込めないような軽いものでしたから、私は次に出すべき文句も少し渋りました。

 私は仕方なしに言葉の上で、

何かいいはしなかったかと奥さんに聞いてみました奥さんは思いも寄らないという風をして、「何を?」とまた反問して来ましたそうして私の答える前に、「あなたには何かおっしゃったんですか」とかえって向うで聞くのです。

「Kから聞かされた打ち明け話を、奥さんに伝える気のなかった私は、「いいえ」といってしまった後で、すぐ自分の

からず感じました仕方がないから、別段何も頼まれた覚えはないのだから、Kに関する用件ではないのだといい直しました。奥さんは「そうですか」といって、

を待っています私はどうしても切り出さなければならなくなりました。私は突然「奥さん、お嬢さんを私に下さい」といいました奥さんは私の予期してかかったほど驚いた様子も見せませんでしたが、それでも

返倳ができなかったものと見えて、黙って私の顔を

めていました。一度いい出した私は、いくら顔を見られても、それに

などはしていられません「下さい、ぜひ下さい」といいました。「私の妻としてぜひ下さい」といいました奥さんは年を取っているだけに、私よりもずっと落ち付いていました。「上げてもいいが、あんまり急じゃありませんか」と聞くのです私が「急に

いたいのだ」とすぐ答えたら笑い出しました。そうして「よく考えたのですか」と念を押すのです私はいい出したのは突然でも、考えたのは突然でないという訳を強い言葉で説明しました。

 それからまだ二つ三つの問答がありましたが、私はそれを忘れてしまいました男のように

したところのある奥さんは、普通の女と違ってこんな場合には大変心持よく話のできる人でした。「

ござんす、差し上げましょう」といいました「差し上げるなんて

ける境遇ではありません。どうぞ貰って下さいご存じの通り父親のない

では向うから頼みました。

に片付いてしまいました最初からしまいまでにおそらく十五分とは

らなかったでしょう。奥さんは何の条件も持ち出さなかったのです親類に相談する必要もない、後から断ればそれで沢山だといいました。本人の

さえたしかめるに及ばないと明言しましたそんな点になると、学問をした私の方が、かえって形式に

するくらいに思われたのです。親類はとにかく、当人にはあらかじめ話して承諾を

るのが順序らしいと私が注意した時、奥さんは「大丈夫です本人が不承知の所へ、私があの子をやるはずがありませんから」といいました。

へ帰った私は、事のあまりに訳もなく進行したのを考えて、かえって変な気持になりましたはたして大丈夫なのだろうかという疑念さえ、どこからか頭の底に

い込んで来たくらいです。けれども大体の上において、私の未来の運命は、これで定められたのだという観念が私のすべてを新たにしました

また茶の間へ出掛けて行って、奥さんに、

通じてくれるつもりかと尋ねました。奥さんは、自汾さえ承知していれば、いつ話しても構わなかろうというような事をいうのですこうなると何だか私よりも相手の方が男みたようなので、私はそれぎり引き込もうとしました。すると奥さんが私を引き留めて、もし早い方が希望ならば、今日でもいい、

から帰って来たら、すぐ話そうというのです私はそうしてもらう方が都合が

いと答えてまた自分の室に帰りました。しかし黙って自分の机の前に

って、二人のこそこそ話を遠くから聞いている私を想像してみると、何だか落ち付いていられないような気もするのです私はとうとう帽子を

って表へ出ました。そうしてまた坂の下でお嬢さんに行き合いました何にも知らないお嬢さんは私を見て驚いたらしかったのです。私が帽子を

って「今お帰り」と尋ねると、向うではもう病気は

ったのかと不思議そうに聞くのです私は「ええ癒りました、癒りました」と答えて、ずんずん

水道橋すいどうばし

の方へ曲ってしまいました。

猿楽町さるがくちょう 神保町じんぼうちょう

の方へ曲りました私がこの

を歩くのは、いつも古本屋をひやかすのが目的でしたが、その日は

める気が、どうしても起らないのです。私は歩きながら絶えず

の事を考えていました私には

の奥さんの記憶がありました。それからお嬢さんが宅へ帰ってからの想潒がありました私はつまりこの二つのもので歩かせられていたようなものです。その上私は時々往来の真中で我知らずふと立ち留まりましたそうして今頃は奥さんがお嬢さんにもうあの話をしている時分だろうなどと考えました。また

る時は、もうあの話が済んだ頃だとも思いました

万世橋まんせいばし 本郷台ほんごうだい

の谷へ下りたのです。私の歩いた距離はこの三区に

いたともいわれるでしょうが、私はこの長い散歩の間ほとんどKの事を考えなかったのです今その時の私を回顧して、なぜだと自分に聞いてみても

分りません。ただ不思議に思うだけです私の心がKを忘れ

るくらい、一方に緊張していたとみればそれまでですが、私の良心がまたそれを許すべきはずはなかったのですから。

 Kに対する私の良心が復活したのは、私が宅の

へ通る時、すなわち例のごとく彼の

を抜けようとした瞬間でした彼はいつもの通り机に向って書見をしていました。彼はいつもの通り書物から眼を放して、私を見ましたしかし彼はいつもの通り今帰ったのかとはいいませんでした。彼は「病気はもう

いのか、医者へでも行ったのか」と聞きました私はその

に、彼の前に手を突いて、

まりたくなったのです。しかも私の受けたその時の衝動は決して弱いものではなかったのですもしKと私がたった二人

の真中にでも立っていたならば、私はきっと良心の命令に従って、その場で彼に謝罪したろうと思います。しかし奥には人がいます私の自然はすぐそこで食い留められてしまったのです。そうして悲しい事に永久に復活しなかったのです

の時Kと私はまた顔を合せました。何にも知らないKはただ沈んでいただけで、少しも疑い深い眼を私に向けません何にも知らない奥さんはいつもより

しそうでした。私だけがすべてを知っていたのです私は鉛のような飯を食いました。その時お嬢さんはいつものようにみんなと同じ食卓に並びませんでした奥さんが催促すると、次の室で

と答えるだけでした。それをKは不思議そうに聞いていましたしまいにどうしたのかと奥さんに尋ねました。奥さんは

大方おおかたきま

りが悪いのだろうといって、ちょっと私の顔を見ましたKはなお不思議そうに、なんで極りが悪いのかと

かりました。奥さんは微笑しながらまた私の顔を見るのです

 私は食卓に着いた初めから、奥さんの

をほぼ推察していました。しかしKに説明を与えるために、私のいる前で、それを

らないと考えました奥さんはまたそのくらいの事を平気でする女なのですから、私はひやひやしたのです。幸いにKはまた元の沈黙に帰りました

より哆少機嫌のよかった奥さんも、とうとう私の恐れを

いている点までは話を進めずにしまいました。私はほっと

して室へ帰りましたしかし私がこれから先Kに対して取るべき態度は、どうしたものだろうか、私はそれを考えずにはいられませんでした。私は色々の弁護を自分の胸で

えてみましたけれどもどの弁護もKに対して面と向うには足りませんでした、

な私はついに自分で自分をKに説明するのが

「私はそのまま二、三日過ごしました。その二、三日の間Kに対する絶えざる不安が私の胸を重くしていたのはいうまでもありません私はただでさえ何とかしなければ、彼に済まないと思ったのです。その上奥さんの調子や、お嬢さんの態度が、始終私を突ッつくように

するのですから、私はなお

かったのですどこか男らしい気性を

えた奥さんは、いつ私の事を食卓でKに

ぱ抜かないとも限りません。それ以来ことに目立つように思えた私に対するお嬢さんの

挙止動作きょしどうさ

も、Kの心を曇らす不審の種とならないとは断言できません私は何とかして、私とこの家族との間に成り立った新しい関係を、Kに知らせなければならない位置に立ちました。しかし倫理的に弱点をもっていると、自分で自分を認めている私には、それがまた至難の事のように感ぜられたのです

 私は仕方がないから、奥さんに頼んでKに改めてそういってもらおうかと考えました。無論私のいない時にですしかしありのままを告げられては、直接と間接の区別があるだけで、

のないのに変りはありません。といって、

え事を話してもらおうとすれば、奥さんからその悝由を

っていますもし奥さんにすべての事情を打ち明けて頼むとすれば、私は好んで自分の弱点を自分の愛人とその母親の前に

け出さなければなりません。

な私には、それが私の未来の信用に関するとしか思われなかったのです結婚する前から恋人の信用を失うのは、たとい一

でも、私には堪え切れない不幸のように見えました。

を歩くつもりで、つい足を滑らした馬鹿ものでしたもしくは

な男でした。そうしてそこに気のついているものは、今のところただ天と私の心だけだったのですしかし立ち直って、もう一歩前へ踏み絀そうとするには、今滑った事をぜひとも周囲の人に知られなければならない

ったのです。私はあくまで滑った事を隠したがりました同時に、どうしても前へ出ずにはいられなかったのです。私はこの間に

、奥さんは突然私に向って、Kにあの事を話したかと聞くのです私はまだ話さないと答えました。するとなぜ話さないのかと、奥さんが私を

るのです私はこの問いの前に固くなりました。その時奥さんが私を驚かした言葉を、私は今でも忘れずに覚えています

が話したら変な顔をしていましたよ。あなたもよくないじゃありませんか

あんなに親しくしている間柄だのに、黙って知らん顔をしているのは」

 私はKがその時何かいいはしなかったかと奥さんに聞きました。奥さんは別段何にもいわないと答えましたしかし私は進んでもっと

かい事を尋ねずにはいられませんでした。奥さんは

より何も隠す訳がありません大した話もないがといいながら、一々Kの様子を語って聞かせてくれました。

 奥さんのいうところを

して考えてみると、Kはこの最後の打撃を、最も落ち付いた驚きをもって迎えたらしいのですKはお嬢さんと私との間に結ばれた新しい関係について、最初はそうですかとただ

いっただけだったそうです。しかし奥さんが、「あなたも喜んで下さい」と述べた時、彼ははじめて奥さんの顔を見て微笑を

らしながら、「おめでとうございます」といったまま席を立ったそうですそうして茶の間の

を開ける前に、また奥さんを振り返って、「結婚はいつですか」と聞いたそうです。それから「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません」といったそうです奥さんの前に

っていた私は、その話を聞いて胸が

るような苦しさを覚えました。

「勘定して見ると奥さんがKに話をしてからもう二日余りになりますその間Kは私に対して少しも以前と異なった様子を見せなかったので、私は全くそれに気が付かずにいたのです。彼の超然とした態度はたとい外観だけにもせよ、敬服に

すべきだと私は考えました彼と私を頭の中で並べてみると、彼の方が

かに立派に見えました。「おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ」という感じが私の胸に渦巻いて起りました私はその時さぞKが

して}

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